「若い女」観ました

女10年付き合った彼に捨てられて、お金は無し。棲む家も無し。働き口も無し。主人公は31歳のポーラ。決して美人とは言えない容姿。なぜ「若い女」という邦題なんだろうか?
あの精神不安定にもなるようなカッーとなる気性。単純な思考、後先を考えない行動、特にフラれた腹いせに元彼の飼い猫を持ち去る…意味も不明。タイトルにあるように、「嘘つき、泣き虫、見栄っ張り」絶対にこんな女性は「嫌!」友達や知り合いにもなりたくない、そんな女性。
精神年齢が若いから「若い女」なのかと…。

でもだいたい、避ければ避けるほど、そうした女性とご縁に恵まれる…そして、面倒になる。人生は思い通りにならずに、そういうものかも知れませんね。互いに影響を受けたり、避けようとしても避けられなかったり、それが返って良かったり。

全部思い通りでは人生はやっぱりツマラナイものになるんじゃないかな。

頼りにした友人の居候先でも長続きしない…、仕方なく宿泊する安宿でも家主から嫌われ、最終的には母親からも拒否される。それでも、なんとか生きているものなんですね。

この女性には悲観とか自殺という言葉は無縁。

逆説的に言えば、そうした生き方の方が返って自然に生きられるものかも知れません。不幸や悲しいことがあるから、人生に深みが出る。

ひょっとしたら、ほとんどの人がそうした生き方を知らず知らずにしていることがあるかも知れません。

否定していても所詮、「あなたも同じでしょ!」そんなことをこの作品は訴えているような感じもしました。

そんな、そんな、そんな女性が果たして仕事を見つかられるのか?
生活できるのか?生きていけるのか?それでも何とかなる。生きていける。ほぼ上手くいかない人生でも、たまに上手くいく。それで十分、そうした考え方も必要なのかな。そう感じてしまう自分がいる。

以外にも、ひょっとしたら私自身が否定している彼女そのものかも知れない。あんな不愉快なデタラメな生き方、思考、行動。
たしかに時にはやむを得ず冒険しなくてはならないこともある。成り行きとか、感情とか。後で反省することもしばしば。

いや人は、ひょとしたら捨てられて初めて、自立してそして自我が芽生えるものかも知れませんね。

決して共感はしないこの映画。フランス映画、カンヌらしい映画でした。