「ダンケルク」を機内で観ました。

ダンケルク画像

2017年の映画。アカデミー賞では8部門にノミネートされて最終的には編集賞、録音賞、音響編集賞を受賞した映画です。見逃した映画をこの機会で観ることができた。
この映画は、第二次世界大戦のダンケルクの撤退が描かれている。映画「チャーチル」を見た時に「ダンケルク」についてのシーンが重なり、観たいと思っていた映画だった。

別名、イギリスのコードネーム「ダイナモ作戦」の方が「チャーチル」を観た私には馴染みがある。9日間で約1000隻近くの船舶を手配して、イギリス・フランス兵合わせて約33万人を救出したこの作戦。
特に、美談とされている“小さな船たちの奇跡”がよく描かれている。実のところはググると兵の70%程度は港の防波堤から駆逐艦はじめ大型船によって助けられているらしい。

残されたダンケルクの海岸でのシーン。イギリス兵とフランス兵。当初はイギリス兵だけと助けようとしたのだろうか、作品ではフランス兵が先に助かりたくて、イギリス兵になりすまし、英国の船に乗るための工夫をして難を逃れる。ところが…。せっかく乗った船が撃沈される。果たしてどうなるか。命の重さ。運命のいたずらとは、偶然とは思えない。やはりツキというものがあろうとは思う。

一方、小さな漁船で、老人が息子とその友人とでイギリス兵を救助するためにダンケルクに向けて出港する姿勢。その描写が見事だ。老人が若者を戦争に送り出した責任は我々の年代にあると責任を感じるシーンには胸が熱くなった。

他方、空では、イギリスのスピットファイアとドイツのメッサーシュミット。

ダンケルクの浜辺。漁船がダンケルクへ兵士の救援に向かう海のシーン、そしてイギリスとドイツの戦闘機の戦い。

生きるという意味。生命。どんな状況でも、今がとても辛くても、いつか「生きていて良かった」と思うことがあるのだ。
あのドイツの大軍が迫る中で、ダンケルクの砂浜しか中で、どうやって生きる望みが見いだせるのか。死体が連なる中を突堤を目指す兵士たち。絶体絶命の孤立無援の中で生き残るということは真に奇跡に違いない歩いていても、空からの爆撃に遭う。極限の兵士の気持ち。そして絞り出しても出ない何も創造すらできなかったであろう。

逃げ出す兵士も無事に船の乗れたとしても、船の中に潜んで、Uボートにいつ撃沈されるか、あるいは貨物船がいつ敵の戦艦に撃破されるのか。

それを守る空軍機も、空中戦でいつ敵の砲撃をうけるのか。敵機にやられるか。勝てば助かるがやられれば生き延びることは困難となる。

だた、そこで思うことがある。「必至というのは必死ではない」ということだ。

そんな言葉が浮かぶ。「生きる」とは偶発や偶然の狭間に彷徨い続けるものかも知れない。ならば、それを掴み取ることも必要なのではないか。爆撃や銃撃を掻い潜り、撃沈された船からも生き延びる。積極的に生きるということの大切さ。生きる力は希望からではない。とにかく生き残るということかも知れない。
「死」というものを、あの爆撃の音や銃撃の音、破壊の音、音響編集賞を受賞した意味は深い。★★★☆☆