ドキュメンタリー映画「佐久間ダム」(総集編)観ました

佐久間ダム

天竜川水系、電源開発(株)の佐久間ダムの建設記録。ドキュメンタリー作品です。今日、その鑑賞機会に恵まれました。この作品は1953年当時、電発が岩波映画に委託して製作したものらしい。本来の作品構成は「佐久間ダム第1部(1954年)」「佐久間ダム第2部(1955年)」「佐久間ダム第3部(1957年)」とあったようですが、その後ネガを解体して再編集した総集編を作ったようで、今回鑑賞したものはその総集編でした。

佐久間ダムは重量式コンクリートダム。戦後1950年代に堤高が155mというのは、その後の奥只見や黒部の方が有名とはいえ、戦後初の巨大プロジェクトとして、意味は大きいと思うのです。
「黒部の太陽」として、よろよん。黒部ダムはあまりにも有名ではありますが、最初にドキュメンタリー映画をつくったということでは、そのリアルな質の高さ、素晴らしいだと思います。

佐久間ダムは昭和28年から3年間の工期。はじめての重力式で100mを超えるダム。それがわずか3年間で作ってしまうというもので、当時としては画期的であったと思う。
当時の大型工作機械。ショベルカー、バックホー、ダンプカー、ブルドーザー。
ヘルメットなし。普通の帽子姿の作業員いれば、胴綱なしでの高所作業。当時はそんなような労働環境だったんだろう。

もちろん、トンネルの掘削はシールドマジーンではなくて、当時はダイナマイトによる発破によるもの。その迫力も凄まじい。台風で流されてしまう工程。あの濁流。相当な難工事であろうことがリアルな建設記録から見て取れる。戦後の日本の技術の高さに感心してしまいます。

細かい話ですが、
トンネル工事による河川の流れを変える。ダイナマイトで丸くくり抜く工法、トンネルを彫りたい中心部、真ん中は爆発のスピートが少し速くて、その周辺が遅延して発破する。それにより中心がえぐり取られる。ズリとか、ドリルとか、レールのドリルジャンボ(櫓)。相当の時間短縮になったと思う。当時のトンネルを掘る極意だったんだろう。

コンクリートは骨材、セメント、水、コンクリートプラントの連携も見もの。人の力とは物凄いパワーがある。物凄いスピーディな作業である。昭和30年代。電気が足りない時代。約100名の方、滑落死。重機の下敷きとか。労働環境も安全衛生法もなかったかも知れません。

ダム構築で、コンクリートを大量に使う。筍のように積み上げていく。型枠で積んでいく。3m打っていく。まさに創っていく。初コンクリートは、およそ厳冬の1月下旬か2月上旬に入れていた。厳冬に打つ。岩盤をホウキではくぐらい、綺麗にしてしまうその作業員の丁寧な仕事。
緻密な工程。

南アルプスの山並み。水没する村のお祭り。今手にあるものを捨てないと、新しいものを掴むことは出来ないのだ。ドキュメンタリーでありながら、哀愁漂うのは、そうした画像も取り入れているからこそ、こうした素晴らしい作品になったんだろう。ダム建設で亡くしてしまったあの風景もあろう、でも作業員の必至な仕事ぶりを観ていると、毎日懸命に生きることをしないと、先人に恥ずかしいとも思う、そんな作品でした。★★★☆☆

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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