006「謙虚に生きる姿勢があるならば この人生 謙遜して生きていては余りに 短すぎる」

謙虚と謙遜

この言葉は、
私が師匠として崇めている方から教えていただいた言葉です。私には師匠と呼べる方々がたくさん居ます。その中のお一人です。その方は、ほめ達協会の西村貴好理事長です。名言中の名言だと思います。

謙虚と謙遜。調べてみると、
「謙虚とは、自分のことは決して卑下してはいません。だた控え目で素直なこと」であり、また、「謙遜とは、自分の能力や価値などを低く評価すること」ということなります。
まさに謙虚と謙遜。たった1字違うだけで随分中身は違います。ウサギとウナギぐらい違うと思うのです。(笑)

生きていくうえで「謙虚」という生き方は必要ですよね。道を譲るとか、助け合うとか。慎ましやかに生きていくこと。美徳でもあります。しかし、そう思って「謙虚」に生きていく決意があるなら、人生は積極的に生きていかないと、本当に「あっ」という間に燃え尽きてしまいます。走馬灯の如く過ぎていくのが人生。私達には謙遜している時間は、本当にないんだよね、っていう意味です。

だからこそ、自分に素直に、そうした謙虚さを大事に生きていく覚悟があるなら、むしろ遠慮しての自分の能力を自ら試さないで一生を終える、つまりは「やらない」という選択はないはずなんですよね。
人生はいくら、100年時代に突入したとはいえ、それでも、謙遜していては、自分に素直にやりたいことを試すという時間はほとんど、なくなってしまう、そういう点で「人生とは儚いもの」なのかも知れません。
謙虚というのは、粛々とあるいはコツコツと毎日毎日、やり続けていく。自分と対峙して自問自答しながら、本当にしたいことを積み重ねていくことだと思うのです。

「言うは易く行い難し」言葉では判っていながら、それができないのが人間。積極的に前に出た方がいいにもかかわらず、それが判っていても、なかなかはじめの一歩がでないとが多いものです。そんな時に、ふと、この言葉、

「謙虚に生きる姿勢があるならば この人生 謙遜して生きていては余りに 短すぎる」

この言葉に随分助けられ、勇気をいただいたのは確かです。一歩踏み出すたびに、そうだ、そうだ、と言い聞かせることができる。始めるのに遅すぎることもないし、早すぎることもない。「したいことはすりゃーいいじゃん。」そんな軽い気持ちでの一歩が大切だと思います。失敗したら、そりゃー凹むけど、また始めればいいだけ。同じ繰り返しをしない方法を模索する。そんな繰り返しが大事だよなー~ってつくづく思います。

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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