朝一番、4時半に起きて車で娘を名古屋駅に送った…

朝

朝、名古屋駅から6時発の電車に娘を乗せるため、5時半にうちを出て名古屋駅まで車で送った。めちゃ眠い。それでも、辛くても「気づき」をたくさんもらった。後々聞くと、娘はどうやら、大阪でコンサート?ファンミーティング?とかいうので谷町まで行ったのだ。それなら、少しでも早く現地に到着した方がいいのだろう。

せっかくの休みだから、ゆっくりしようと思っているこっちはたまらん。と思った。しかし、そうでもない。娘を送るのに、妻と一緒に行ったので、帰りにはファミレスでモーニングもでき、朝がこんなにも長いのか…と、至福の時を得たのだ。確かに眠い。でも最初だけだ。直に慣れてくる。ちょうど新宿バスタで若者が早朝でも生き生きしているのと同じかも知れない。今日一日の出来事を想像すると、ワクワクするのだろう。これから始まる一日。どんな一日にするのかも自分の気持ち次第なのだ。普段の生活ではもう2~3時間ぐらい遅い。だから慌ただしいとも言える。ゆったり過ごす時間も必要かも知れない。
昔から「朝起きは三文の徳」と言われる。朝早く起きれば、健康にも良いと言われるが、今どき早寝をしないので、逆に睡眠時間が減少し、必ずしも効率が良いとは限らない。集中もできないような気もする。それに、この諺、せいぜい早く起きても、「三文」。一文銭三枚の得しかならない。逆にわずか三文だけど、それでも得なんだという考え方もあろう。
昔は早く起きていた。でも睡眠時間は7時間が必要!というあのベストセラー「スタンフォード 最高の睡眠」にも書かれているように、健康や頭の回転を良くするのは良い睡眠が必要だとしている。師匠と勝手に仰いでいる樺沢紫苑先生やしもやん(下川浩二さん)も同様に睡眠時間の確保を推奨している。そこで私もここ数年は、睡眠確保のため、なるべく朝は遅くまでベッドから出ないようにしてきた。それまでは、どんなに遅く帰ってきても5時起きでも4時起きでも平気だった。ところが睡眠時間を確保することにばかり気を取られ、気がつくと、これまでの朝起きが2~3時間遅いために、朝がバタバタと慌ただしい。そこで私のだした結論は、睡眠時間をあまり意識せずに朝は早く起きる。そのために、深酒はしない。夜更かしもしない。睡眠時間の確保に縛られて本当にしたいことができないのは本末転倒なのだ。大事なのはやぱり「朝早起き」だったのだ。そこで確保した有効な時間を自分のために存分に使うことが大事なのだ。自分への自己投資にもはやり、それには朝しかないのだ。ここで確保できた時間は、自由な時間。読書もできるし、ファミマに行ってコーヒーを飲むのも良いかも知れない。早朝の散歩もいいだろう。
今日は意図せず早起きしたことで、こんなことに気付かされた。
これまで、朝早起きをして、それで稼いたコツコツ勉強法。その御蔭で多くのことを手にしたことをすっかり忘れていた。一番苦しかったが、とても充実していたあの社会人ドクター時代を思い出す。元々は朝型だったのだ。そして早朝に起きてワクワクしながら博士論文をシコシコ打っていたことを思い出した。
「朝時間」を確保するというのは、もちろん「スキマ時間」を確保することとは、ちょっと違う。スキマ時間を稼ぐことも必要だが、原点に立ち返ることも必要なんだと思う。瞑想にふける。自分を振り返る時間とは、何気ない瞬間や、偶然訪れるものなのだ。なんかそんなことを考えると、ワクワクしてきた。梅雨に入り、雨降りが嬉しいように。考えようによっては早起きも嬉しいものだ。先日の「あじさいの里」も雨が似合う。新宿御苑も雨が似合う。梅雨は梅雨で楽しい。四季を楽しもう。同じように、一日のはじまり、朝も楽しもうと思う。何事も無駄はないんだなぁ~って思う。

あじさい

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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