「よこがお」観ました

よこがお(1)

筒井真理子が主演を務めた映画で、とても迫力のある作品でした。なるほど、「無実の加害者」とはそういうことか。これだけバッシングを受けると、人格まで変わってしまう。潜在意識が顔をだすはずです。題名の「よこがお」というのは、人は横顔が見えている間は、反対側の顔は見えない。反対の横顔は見ることができないんだ。どんな善人でも、こうした状況の元では、人が変わる。まさに人とは二面性を持つということなんだ。人に焦点を当てた作品というのは実に登場人物も少ないのが特徴だ。でも中身が濃い。これぞ映画の醍醐味。2つの全く異なる二重人格、さらに時間軸を現在と過去、何故今がここになるのか、過去を紐解きながら、時間と空間をずらしながら観客に見せていく。脚本も素晴らしい。複雑な状況があらすじとか前フリなしでズンズン頭に入ってくるのだ。
全うな市民の市子を演じる筒井真理子が、人格が変わりリサへと変身していく。その演技に圧倒される。

よこがお(2)

理不尽にもマスコミの餌食になり、何もかも失っていく様は、ちょっと考えただけ、ぞっとする。そしてもうひとつのポイントは、「愛」とか「恋」。同性愛。「恋愛」とか「好き」は、「憎しみ」と隣合わせ。相反する諸刃の剣。まさに憎愛である。好きが度を越すと恐ろしい結果を生む。それが異常なのかと考えると、そうでもないのだ。どの登場人物も本当のワルはいない。至って普通。悪人と言える人物がいないということに大きな特徴がある。そこがまた面白い。日常ありふれた世界での出来事なんだ。
昔から「良いことと、悪いことを知りなさい。」と親から幼い頃に言われていたことを思い出す。常識の中の「良いこと」「悪いこと」を改めて考えてみると、「人生は一回限り」…。そうと思うと、懸命に生きる生き方こそが自分自身にとっての最良であり「良いこと」ではないのか。これは悪いこと。この人は悪い人間とは、一概に決められるものでは、どうもなさそうである。
「異常」と言えるほど相手を好きになる…そうすると、こうした言動や行動も理解できるのかな?人にはこうした内面が、誰しも多かれ少なかれ抱いているのかも知れませんね。感情は時として異常になり得るということを肝に命じて必要もあろうかと思う。
第三者は、人の不幸は蜜の味なのか、知りたい衝動に駆られる。だから芸能情報などの番組の視聴率が高くなる。この大衆の「知りたい自由」の裏側には、全く加害者や被害者の気持ちを無視したこうした行動もあろう。それを視聴者である我々もついつい、興味本位で見てしまうものなのだ。「知りたい」という気持ち。そして、「良いこと悪いこと」とは本当に隣合わせでいながら、本質はよくわからないものだと思う。★★★★☆

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
詳細プロフィールはこちら。