「アラジン 」観ました

まだ上映してました。良かった!間に合いました。本作品は92年のアニメのリメイク実写版の「アラジン」です。エンタメ映画ですが、ただ、そんなに深い感動とかではなく、ちょっとシンプルな勧善懲悪の水戸黄門的な作品でありました。そうした意味から軽い気持ちで気軽にみることができる。

さすがはディズニー映画です。やはりストーリは判っていても、それでも、その素直な気持ちと、ついつい嘘偽りをついて、後で正直に言おうとする気持ち。失いたくないからついつい、本当のことが言えず、いつか言おう言おうと思いつつも、ついつい本当の事を言うと先送りしてしまう、隠したいとか、飾りたいという気持ち。「わかる、わかる…」と思わず共感してしまう。もちろん、妃を亡くしてからの王さまの気持ち。支配欲に駆られる国務大臣。誰か他に極道が居る訳でもない、悪いというのではなく、そうした気持ちが人には少なからずあって、日頃は制御している、そんなものかも知れません。忠実下僕のジーニー。ジーニーはAIロボットでなく、人間味がある。そうしたことば数々。
人は誘惑に負けそうになる、そして弱気にもなる、それもすべて自分なんだ。否定すると病気になる。
素直な心は持っていてはいるが、貧しくスリが得意な青年アラジン。真っ直ぐな王女のジャスミン。若いのに、それでいてしっかりとした芯のある女性。でも当時は、女性は政(まつりごと)に口を挟まず、良縁に恵まれて結婚することを善しとする時代だった。日本も例外ではなかったのだ。それはロボットも日本も…
実写版でありながら、アニメのようにダイナミックも失われずに惹き込まれました。「ホール・ニュー・ワールド」は、やっぱりいい。歌詞が素直過ぎて、ちょうど砂漠に水を注ぎ込むように吸い込まれていくのがよくわかります。ミュージカル映画としても、そこそこは楽しめました。なぜかというと、それと判っていながら、涙が溢れるからです。こういう判っているストーリでも、欲しているんだと自分で自分のことを判っってあげることも必要ですね。

またあのアラジンのペットなのか?猿のアブーを見ると、「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジャック・スパロウのライバルであるバルボッサの猿ジャックを思い出します。そしてランプの中の魔人ジーニー。頼まれる願い事には権力者の無限の欲を皮肉った言い回しもあり、支配欲と向上心とを勘違いしないようにしないといけないと感じた。ジーニーとハクション大魔王が重なる。お茶目なところがいい。

まあ、確かにあの「魔法のランプ」を手にしなかっかったら…王子さまに変身もできなかったわけだから、他力本願のところはあるかな。ジニーに頼らず、自身で「自立する姿勢」という点では、他力本願…それは幻想であり幻である。ドラえもんが居たら…的な点も歪めませんね。

それでも人は素直な人に幸運が来るかも知れません。「ダイヤの原石」確かに人は皆、最初は原石だったはずだ。★★★☆☆

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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