「ナラタージュ」…回想、それは懐かしくホロ苦い想い出。過去と今が同時進行していく

ナラタージュ

島本理生のベストセラー恋愛小説の映画化である。
こういうヒット作品は、書籍は凄いが映画にするとガッカリすることが多い。
やはり文章力とは偉大なんだ。
書籍の文章表現、特に性の描写が凄かったので、
それだけに映像化とは、難しいものなのだ。

オススメ度:★★★☆☆
理由:賛否両論あろう。
観ている人にとってはつまらない日常にもみえてしまう。
本から先に読んでから、その後に映像を観たほうが良いかも知れません。
どの人が悪くて、どの人がいい人というものでもない。
人は過去を引きずって生きている。「恋愛」という響き。それでいいんだ。
そうした時間も必要だ。ひょっとしたら、
過去の話は過去ではなく、今かも知れない。
そんな時間が欲しい人にはオススメな作品です。

人は、今を生きていながら、過去を引きずっている。
ナラタージュとはNarrationとMontageが語源。
映画など回想によって過去を再現する手法のこと。

胸が締め付けられるような人との出会いは、たいていが雨。
雨がよく似合う。
新海誠の「言の葉の庭」も雨だ。

男女の関係は複雑だ。
既婚も未婚も関係ない…。
心寄せる人という存在には、そのような条件は無意味なんだ。
何気ない一言やおこないで、メンタルにもなる強い影響がある。

相手が嫉妬深いのは嫌。
でもそういう人に限って、自身も本当は心底嫉妬深いのかも知れない。
表面にそれを出す人と出さない人いろいろな人がいる。
そして性に対しても、そのまま表現できる人と、ちょっと奥手な人。

この作品で紹介された多くの古い映画作品。
映画ではそれを観たいとは思わないが、本書に触れると鑑賞したくなる。

葉山先生の行動がとても腹落ちしてしてしまう。
彼はウダウダしている単なるクズなのか?
いやそうではない!と私は思う。
過去が今を生かしているのだ。
恋愛観は個性。
この作品。特に葉山の行動には賛否両論があるだろう。
どれが正しくて正しくないもないと思う。
生きるには、力が必要で、
もちろん恋愛もその推進力になるには違いない。
求めているレベルというのは、それぞれの個性、お互いに違う。
美しい形ではない。歪んでいて当たり前なのだ。
それを受け入れるとか、許すとか、そうした問題ではなかろうか。

ひょっとすると、
今という時間は、過去の時間と、
さらに未来の時間をも巻き込んで
並行して走っているのではなかろうか。

時間は単純に刻んでいるだけではあるが、
その一秒一秒にある思いは、
想い出という過去と、こうなりたいという夢という未来が
輻輳した世界にある。

終止符や決着というのは、
過去の自分、未来の自分、今の自分の3者の会話ではなかろうか。

さようなら…昨日の私。過去との決別。
消し去ることができない過去を引きずって現在があるとしたら、
沢山の過去の中と同居した状態なのかも知れませんね。

ナラタージュ1

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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