「眠れる森の美女」では悪役の「マレフィセント」も実は最初は心優しい妖精だった。

マレフィセント

相手を攻撃する、復讐するということは…
実は、いや、自身を痛めつけることなのかな。
やっぱり愚かなことなんだろう。
オススメ度:★★☆☆☆
理由:母性愛、男女の愛、愛と憎しみというものは、紙一重。裏切りとは葛藤の中で生まれるもの。自身の天秤を確認した人。映像技術の素晴らしさを体験した人。大画面で観たほうが面白いとは思います。そして本作品は特に、どこに矛盾があるか、違和感があるか。そうしたことを考えて、自分の中に深みを持たせる訓練にもなるかも知れません。

2014年の作品。1959年のアニメ映画「眠れる森の美女」のリメイク版。
まもなく「マレフィセント2」も封切りします。

「善」と「悪」というのは相反する。
だからこそ善と悪は共存するのだ。
+イオンとーイオンが共存する世界なんだ。
あるときは+、またあるときは-ということだってあるんだ。
いろいろなものが混ざり合っているからこその世界観。
物語とは、水戸黄門的な勧善懲悪で、わかりやすいばかりではない。
愛とは実は身近な存在だったりするのかも知れません。
水戸黄門的な作品ではありますが、少し捻ってある辺りが、にくいですね。

マニフィセント(1)

以外にも悪人が本質ではとても良い人で、
逆に善人ぶっているが、本当は腹黒い人もいる。
憎いけれど、それでもとても愛おしくて仕方ないオーロラ姫
優しさから憎しみに変わったマレフィセント

人の心を描くからこそ、映画の醍醐味でもある。
本作品は少し時間の流れが早すぎて残念な面もあった。
特にステファン王の気持ち。支配欲。愛。名声。
それでも素直な人を助けたいと思う心とか、
他にも葛藤とか…
そうしたもっと、人間としての心の揺れを
もっと、もっと丁寧に描いて欲しい。
あまりに、ハイ、もう敵ね。ハイ、攻撃…
ちょっと短絡的思考ではなかろうか。

「ライオン・キング」といい、「アラジン」といい、
最近のディズニー映画には、
ちょっと違和感を覚えることが多いのだ。

CGによる美しい画面だけを堪能すれば、あとはオマケのように
観たほうが楽かも知れません。
でないと、ちょっとガッカリする場面もあるかと思います。
とにかく映像技術は一流です。

これまでのおとぎ話は、出会って即、王子様と恋に落ちる演出だった。
流石に、現代には少し古い。手垢で汚れた演出です。
だからこそ一捻りが必要なんです。
単純な善悪でない一捻りの善悪が必要な時代なんだと思う。
愛と憎とは紙一重。

そして一度してしまったことは二度と戻らない。
「覆水盆に帰らず」
過去は、決して消し去ることはできない。
しかし、過去を活かすことはできるのだ。

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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