医療の現実・看取るターミナル・ケアのあり方を考えさせられる作品「山中静夫氏の尊厳死」

山中静夫氏の尊厳死

作は現役医師の南木佳士氏の
同名小説の作品である。

命の儚さと、
その逆に生命の尊さ。
重さを感じざるを得ない。

それぞれの人にとっての尊厳死。
だから、個人の山中静夫氏の死に方に
意味がある。
死ぬことができるのは、
山中静夫氏だけなのだ。

個人の意見を尊重する。
個性があるように死に方も
まさに生き方なんだから。

オススメ度:★★★☆☆(3.0)
理由:この作品はお涙頂戴ものではない。
末期癌で最期を迎える山中さんのことを
看取る医師側の立場での目線。
生きているという意味。
ただ生かすだけの延命治療ではない。
患者の苦しみと痛みを
取り除くところまでは同じだが、
その先が微妙に違う。
患者がどう感じるかだ。
そこを感じ取れる作品です。

山中静夫演ずる中村梅雀は
末期癌、彼は肺癌だった。
彼は次男である。
娘婿で、実家の故郷の
信州佐久を後にして
静岡に行った。

せめて、せめて、
死ぬ時は、
自分の故郷で、
故郷で骨を埋めたい。

そう願って、
最後のわがままを通し、
佐久の病院に転院したい旨、
病院の門を叩いたのだ。

一方、
今井医師演ずる津田寛治。
当初は、付き添う家族の負担を考え、
これまで通り
静岡の病院での治療を薦めた。
ところが、彼の熱意に共感して、
彼の満足の逝く形の
ターミナル・ケアを施していく。

そうだ。
「どうせ死ぬんだったら…」
その気持は、わかるような気がする。

そんな今井医師が、繊細なだけに、
鬱を発病してしまう。
そんな人の気持がわかる
医師という仕事。
人の命を助ける医師が、
多くの患者との別れ、
死を看取ることが
仕事なってしまうと、
理想と現実とのギャップにいたたまれず、
葛藤の中で鬱になっていくんだろう。

実直であればあるほど、
そうした矛盾に
身を置くことで、
自身が鬱という病気になってしまう。
なんとも
いたたまれない気持ちになります。

尊厳死は安楽死ではない。
楽をしたいということは、
必ずしも意識が無くなったら、
早々に命を断ってくれ!
という意味でもない。
長く生きたいが、
苦しみを取ってください!
ということなのだ。

物語が淡々と進むので、
感情の共有が必ずしも
あったわけでは有りませんが、
それでも、人の「死」について、
「尊厳死」と「安楽死」について
学んだ気がします。
悔いて棺桶に入るのではなく、
やり遂げたといった達成感で
最期を迎えたい。
そう願う気持ちが凄くわかります。

私には最期に
「やっておきたい事があるんです」
という、力強い言葉。

動ける間に、やれること、
これだけはやり遂げたいこと。
それを実現してほしいと
正に思って観た、作品でもある。

生き方もあれば
死に方も有ると思う。
今井医師の誠実な生き方には
とても共感できる。
家庭での妻や息子との会話を
聞くに当たり、
自身ともなんとなく
ラップしたりして、
その点について共感した。

言葉数は少なくても、息子や妻、
そして患者との信頼関係。

石丸謙二郎演じる事務長が
示す病院経営の現実。
息子との対話。妻の夫に対する労い。
厳しい現実の中で、
綺麗事で解決しない課題を
突き付けた作品である。

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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