映画館再開。誹謗中傷のない討論会となった『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』

三島由紀夫

オススメ度:★★★☆☆(3.5)
理由:そうだ。あの三島由紀夫といえば、
1970年。ちょうど大阪万博の年だった。

陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地で
自衛隊員にクーデターを呼びかけた後、
割腹自殺を遂げた。

その前兆たる言葉・考え方を述べた三島の辯が、
まさに「そういうことだったのか」とわかった。
だからオススメ。

この討論は、語彙が難しく、
しかも抽象的なので、わかりにくいし、
ちょっとでも気を抜くと、
討論から置いていかれる。

今とは違い、中庸を嫌う時代。
右か左か。1か0かの時代。

まさに言葉は言霊。魂がある。
発する言葉には、
少なくとも相手に敬意をはらい、
気をつけなければと、
自戒の意味で見入りました。

あ時代の学生の熱量は半端ない。
全共闘も三島由紀夫先生も熱い。
約千人の学生と約2時間半。
主催は東大全学共闘会議駒場共闘焚祭委員会で
当時を語る木村修はすでに御年72歳。
当時の映像・動画がそのまま使われ、
かつ当時の回想がいい。
50年前が見事にリアル感で伝わる。
それはなぜか。高精細映像として復元されているため
当時が鮮明に蘇ってくるのだ。

「東大安田講堂事件」の数ヶ月経た後の
「奇跡的な中立地帯」と言われた駒場の
東京大学教養学部の900番教室。
現在の駒場の講堂。そこで繰り広げられた討論会。

印象に残ったのは「自然対人間」
三島の「天皇」に対する思い。
「言葉」…
「解放区」などなど。テロップが流れて、
用語の解説があるので、
ある程度あの状況を知っている人には入りやすい。

暴力に訴えず感情的にならず、
よくもまあ、2時間半も討論できるものだと
感心する。

当時三島は事前に警視庁から
警護の申し出があったがきっぱり断ったという。
実は、聴講者の前列には楯の会がいた。
今を語る楯の会のメンバー。

討論はたとえ平行線で噛み合わなくても、
人とは面白い。そして、断片的に切り取った「文」は
独り歩きして誤解を招くこともあろう。

「天皇と諸君が一言言ってくれれば、
私は喜んで諸君と手をつなぐ」と
確かに三島は語っていた。

ナレーターの東出昌大も
実に味わいがあってて良かったと思う。
東大全共闘の特に芥正彦、木村修は当時の画像と
今を語る時、その人生が垣間見れて、
これぞ半生なんだと感じた。

そして楯の会の宮澤章友、原昭弘も
70代となると落ち着いている。

それにしても芥正彦の人を食ったような言い方。
そして議論に赤ちゃんを連れて壇上にあがるという行動。
意味がわからない。

三島由紀夫は迎合をしないが
全共闘の行動の一部を、支持するとした発言、
それは互いに認め合う寛容さがあるとも言える。

あの討論会を自分だったら…と
置き換えて観るのも面白い。
抽象的な質問対して、どう顔耐えれば良いのか。
語彙が豊富で、やっぱり三島もインテリだ。

主義主張が相反する両者がこれほど紳士的に
時に笑いをとりながらやれるものか。
昨今の低俗なテレビの討論とは比べ物にならない。
あの魅力はなんだろう。
必ずしもその思想には賛成できないかもしれないけど、
あの時代においては、どちらかと言いえば少数派だと思う。

1960年代はどんな時代だったか、
不安定な時代。方向を間違っていたら
トンデモナイ体制ができていたかもしれない。
幕末から明治維新にかけても同様な時代
だったかもしれない。

昨今の人を自殺まで追い込むような、
匿名に隠れて、他人の発言を受け売りして、
平気で相手を誹謗中傷する、ネット右翼左翼。

互いに一様は一定のリスペクトをし合うこと。
誹謗中傷はしない。ユーモアを交えて語る。
国会中継、最近では下品なヤジも一時ほどは
飛び交っていないが、
まるで小学校の児童会より程度が悪い。

誹謗中傷でひとを傷つけて逃げていく
昨今のSNSの発言とは違い、
両者とも実に堂々としている。
相手に伝える感情を言葉で伝えるには、
やはり自分の言葉で語ることだ。

相手にわかるように咀嚼することも大事だ。
相互理解には程遠いが少なくとも、
相手はそう考えているんですね。私は…と思います。
そうした冷静な語り方ができたらと思います。
ついつい、相手の感情に流されて、
相手と同じ目線になってしまうのは
なんとも大人げない。未熟さを感じます。
そうしたことを強く感じた作品でした。

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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