日教組製作ではあるがニュートラルに見ることができる作品「ひろしま」デジタルリマスター版

ひろしま

オススメ度:★★★★☆(3.8)
理由:これまで日本の戦争映画には,
美化したりヘンに蔑んだりした思想が
見え隠れし,抵抗があったのでそうした作品に
触れることを避けてきた.
しかし,過去のことをニュートラルで見る目を
養うことも重要だ.
ここ数年は夏には,
そうした作品に触れている.
また絶好の機会の月でもある.
そのチャンスを逃すことはない

1953年のモノクロ映画作品です.
原作は,「原爆の子広島の少年少女のうったえ」長田新(編)

ウィキペディアによれば,
新藤兼人監督・脚本の『原爆の子』とは
同じ原作を元にした作品ですが,
こちらは日教組の作品.
なんでも新藤監督の作品は,
原作をドラマ風にしたということで,
それに反発した日教組が
別の映画を制作したものらしい.

当時,1953年と言えば,
折しも朝鮮戦争(1950-53)や,
それを起点として
警察予備隊(1950)の発足した.
後に保安隊,陸上自衛隊へと進展していく.
少し巻き戻してきた時代でもありました.

ま,それにしても
日教組製作ということで
少し斜に構えて観たところも
歪めせんが,
ニュートラルに観れば
まんざらでもありません.
知覧の富屋食堂も
「永遠の0」とも
相反するものではなく,
日本人として知っておくべきこと
のように私は思えます.

作品制作が終戦から7年後に
作られただけに,
とにかく映像がリアルです.
また,当時の広島県教職員組合と
広島市民が手弁当で
約85,000人がエキストラとして
参加しただけに,
その映像としての迫力が半端ありません.

実際に被曝された方も演じられたといいます.

おかあさん,おとおさん,
親を探す子どもたち.
ひたすら,
わが子の名前を呼び続ける親たち.
倒壊した建物の下敷きになった肉親に,
助けを求める人々.
水を求め,
川の中へ入り身を寄せ合う人たち.
井形に木材を組み
荼毘に付される数々の遺体.

それでもなお「聖戦完遂」を唱えるの軍幹部.

当時を再現し,
まるでドキュメンタリーを
映し撮るような迫力すら
感じられます.

平凡な日常が一変する.

それは.
どこの国がどこの国へとか
そういう問題でははなく,
人が人に
使うべきものではない
兵器だということ.

本作品は,
それぞれの家族や人のストリーは
独立しているものの,
それぞれが共通に繋がって見える.
人の行動,営みは様々な形で
行われているからに相違ない.

それぞれの家族にも
それぞれに個人個人に
物語を持っている.
淡々と悲惨さを伝える迫力.
「砂の器」の加藤嘉,その前妻,
山田五十鈴の演技は素晴らしいものだ.

そして出演者の中で「櫻隊」にも
関連しているというので,
つい最近みた「海辺の映画館」にも通じ驚きだ.

戦争孤児たちが
幼い子どもたちに
生きる術を教え込むシーンも印象的だった.
「ユージェントルマン、パパママ、
ピカドンでハングリー!ハングリー!」
「ギブミーチョコレート」にも通じていて,
生々しい.

長崎原爆搭載のB29に
同乗し取材したウィリアム・L・ローレンス
(0の暁 W.L.ローレンス (著), 崎川 範行 (翻訳))
を朗読する場面が
原爆投下の様子が言葉で表現されて,
一層リアルにそして冷酷に聞こえる.

「僕は、いや、
ドイツのほとんどの知識人たちは
こう思っているのです。
広島と長崎では
20数万の非武装のなんの罪もない日本人が
あっさりとモルモット実験に使われてしまったのだと。
そして,つまりそれは日本人が有色人種だということに
他ならないのです.
白色人種に属する僕が
こんなことを言うと
君が不快な思いをするかもしれませんが,
むしろ僕自身が白色人種に属しているからこそ
問題のこういう点が君たちより,
もっと本能的直感的に理解できるのです。」

この文言.

ドイツではなく
日本に原爆が落とされたのは,
日本人が有色人種だからだ.

という,この文言が物議を醸し,
当時各映画会社もGHQに配慮して
上映を見合わせたらしい.
また東大構内での上映予定も
大学当局がこれを禁止したようだ.

しかし海外では,
英国では「日本人の憎悪の念をかき立てる映画」
と酷評されたものの,ニューヨーク・タイムズでは,
「この映画は控えめにつくられているが効果的である」
「平和増進に役立つだろう」と賞賛されている.

そしてオリバー・ストーン監督に至っては
「絶対に見て欲しい作品」として絶賛しているという.
監督が言う通り,
「記憶とは常に忘却との闘い.
常に人は思い出したくないものには背を向ける….
だからこそ,見る価値がある」のだと.
このことは大きい.

見たくない.忘れたいからこそ,
見る必要があるかもしれません.

単に「凄惨」とだけでは
形容しきれないものが隠れている.

戦後間もない7年経た後だからこそ,
見事に作り上げてきたんだろうと思う.
その想いたるや凄いパワーを感じる.
そして伝えていく必要もあろう.

被爆による差別.
風評被害は,
当時はもっと凄まじかったのだろう.
そっくり今でも通用する.
原爆被災がそのまま,
フクシマへ,そして今コロナに
変わっただけで,
今も昔も差別や偏見は変わらない.

原爆の悲劇さ,
その場で被爆し亡くなった人はもちろん,
傷ついた人.後の放射線による
被爆の後遺症に苦しむ人.
そうした悲劇を映像という形で
トコトン訴える作品.

目をふさぎたくなるからこそ,
一層見る必要があるし,
体と心双方の当事者の痛みを
感じる必要もある.

あるがまま,ありのまま,
そうした日常が一変する有様.
それが見事に映し出されている.
映画は未来も過去も,
疑似体験できる機会なのだ.
是非,劇場で見た方がいい作品だ.

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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