2018.6.3_名古屋大横山合宿ゼミ、課題図書「日本の技能形成」でした

「岐阜市少年自然の家」

今日はせっかくいい天気なのにスマホを忘れ、風景が撮れませんでした。^^;
使い回しですが、3月の時に撮った「岐阜市少年自然の家」です。

岐阜自然の家(1)

課題図書は沢井実先生の「日本の技能形成」
1920~60年代の戦前、戦時中、戦後の職工、工員、技能職といったいわゆる職人に関する熟練工とて一人前になるまでのプロセスについて、まとめたものです。

本書には「製造現場の強さを生み出したもの」というサブタイトルもついており、それは熟練工として一人前となるためには「教育」が欠かせず、その部分をピックアップして述べています。

ベテランの領域に入った職長教育の歴史的変遷を表すのみならず、当時の職人の個人的意見や職長の話、あるいは行政や経営者の話、当時の学識経験者の話、戦前から戦時中、戦後の社会情勢の話などのデータでまとめられており、その資料の多さと豊富な理論付けに衝撃を受けます。

その当時の社会環境下で最適な技能の伝承、そのあり方、何が職人にとって最適なのか、何が技能向上に繋がるのか、何が結果として非効率なのか、現代の企業内教育のルーツ、現代に至るプロセスがわかります。

今後、少子高齢化社会の中、環境が変化する中で、どのようなスキームが最適なのか。過去を振り返り、今後の企業内教育のあり方について、考える良書だと思います。

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職業高等学校、専門学校、工業高等専門学校、大学工学部、企業内外の技能形成を支援する制度的仕組み、職長教育、技能者に対する市民教育、社会教育のあり方を考える時、戦前・戦中・戦後の四半世紀の多能工要請に関する経験は、振り返るに値する。

(戦前は)民間企業が用意する企業内の養成施設は尋常小学校あるいは高等小学校を卒業後職に就いた彼らにとって中等教育に代わる貴重な学習の機会であった。しかしこうした恵まれた立場を享受できる勤労青少年は依然少数であり、大半は実業の世界、現場で鍛えられた。(OJT)意識的・体系的トレーニングの要素に乏しく、正しく「見よう見まね」のプロセスであった。

少数の「多能熟練工」と多数の「専門熟練工」で構成される生産現場を、その数を増した工業学校卒の生産技術者が管理するというのが大河内正敏の想定するあすべき機械工場の姿である。

明治後期以来先進的な大企業、官営事業の一部で行われてきた企業内養成の試みが一部の中小企業を含む形で制度化され、国家の支援を受けるようになったことの意義は大きかった。

大量の熟練工が早急に必要となったとき、熟練とは徒弟・見習いが先輩職人から「盗むもの」ということですまされていた従来の産業訓練のあり方がするどく問われ、熟練形成のプロセスをできるだけ可視化(マニュアル化、教科書化)する努力、ブラックボックスとして熟練形成プロセスのボックスを開ける努力が戦時下において続けられた。

テキストによった効率よく体系的に学び、座学では学べない熟練形成の核心部分はよく訓練された指導者から工場実習によって学ぶという養成工制度の骨格は、1930年代から戦時期にかけて形成された。

日中戦争の勃発によって工場の繁忙が居著しくなると、工場から午後6時までの残業を要請される生徒が続出するようになり、残業後に青年学校に通うことは生徒にとって負担が大きかった。

満州事変、国際連盟脱退を経て社会教育、労働者教育をめぐる状況が大きく変化した。1935年の青年学校令、39年の工場事業場技能者養成令の制定を機に企業内養成施設の拡充が進むが、企業の外では労働者教育の変化が生じていた。

戦前・戦中期以来、義務教育を修了したものには上級学校への進学は夢であったが、1940年で中学校、高等女学校、実業学校などへの進学率は約28%であり、進学の夢を実現できる者は依然として少数派であった。50年の高校進学率は42.5%であり、戦時中と比べて14%ポイント近く上昇した地点から出発した。

50年代における上級学校進学の夢は、「二重通学」(大企業における技能者養成や養成工として定時制高校に進学すること)と通して達成されることになったが、これを現実できたのは大企業に養成工として採用された中学校新卒者の一部にすぎなかった。

ほぼすべての者にとって高校進学が可能になることは夢の終焉であり、その次に大学進学への夢が次第に実現される時代が到来することになる。
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◆目次◆

日本の技能形成/製造ガンバの強さを生み出したもの
序章 課題としての技能形成——多能工養成の歴史的位相
はじめに
1 明治・大正期の技能形成
2 1930年代から50年代半ばの技能形成
3 本書の課題と構成

第1章 熟練工論争とは何か
はじめに
1 多能工論の展開
2 単能工論の展開
おわりに

第2章 熟練工養成政策の展開——1930年代後半を中心に
はじめに
1 戦前期工業教育の特質——普通教育志向の位階制
2 熟練工養成政策の展開
3 工場事業場技能者養成令の成立と運用
おわりに

第3章 技能形成の実態とその可視化の試み——大企業・中小企業と技能者養成テキストの刊行
はじめに
1 大企業と中小企業における技能形成
2 技能形成の実態
3 日本技術教育協会の実践
4 技能者養成テキストの刊行とその歴史的意義
おわりに

第4章 中等工業教育と熟練工養成——工場学校、下請工場、工業学校の取り組み
はじめに
1 工場における見習工制度
2 下請工場の熟練工養成
3 工業学校での養成
4 工業各種学校での養成
おわりに——中等工業教育と熟練工養成

第5章 中小鍛造工場調査にみる労働者像
はじめに
1 所有と経営
2 採用と労働移動
3 各労働者のプロフィールと賃金
4 技能形成と労働の実態
5 受発注関係
おわりに
補論 戦時下の大都市における公立青年学校

第6章 技能形成の前提——なぜ職長教育が問題となったのか
はじめに
1 商工審議会の決議
2 職長制度の現状と職長養成施設(1929・31年)
3 職長制度の問題点
4 戦時下における職長教育施設の拡大
おわりに

第7章 熟練工・職長に対する社会教育——協調会、労働学校、労務者輔導学級の活動
はじめに
1 協調会
2 福岡県労務者教育協議会
3 労働学校
4 文部省の労働者教育
おわりに

第8章 戦後への展開——昭和20年代から高度成長へ
はじめに
1 昭和20年代の技能者養成——概観
2 大企業における養成工制度の展開
3 中小企業における技能形成
おわりに——高度成長へ

終章 技能形成問題がもたらしたもの
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