忘れていた「素直」という気持ちを思い出した

Fujiあれはいつの頃だろうか。青い空、薪の煙、鳥のさえずり、鶏の声。広がる田園風景。
目を閉じ深呼吸をすると、そんな情景が頭の中に浮かんでくる。

時折そうした瞑想をすることがある。こうすることで、自分と対峙することができるからだ。

すると今日は「素直」という言葉がよぎった。

私は「人の話を素直に聴くことができるか」と問われると、
以前は、人よりはできる方だと自負していた。
というのは、私は工業高校を卒業してすぐに就職した。だから学生はみんな私よりも優れている。そう思うと、みんなの言葉に素直に耳を傾けることができた。
それから私は30歳で脊髄損傷をして障害を負っているから、いろいろな点でみんなに頼むことも多かった。だから学生が成長してくれたような気がする。
私がなんでも一人でできたら、素直に人のいうことを聴くことができなかったのだ。

しかし最近は、どうもそうではない。
しばらく忘れていた「素直」という気持ち。ここ数ヶ月考えさせられた。

相手の言っていることをちゃんと聞く。「なるほどねぇ、そういう考え方もあるんだよな」と素直に考えること。そして、ちょっと相手の言うことを考えみる。
研究室で次の実験の想定のときもあるし、また学生と議論する時など。

素直になれない要因に自身のプライドが邪魔したり、あるいは相手のあらや欠点も見えたりする。すると、つい反駁し、そう簡単に人の話を聴くことはできなかったりする。
だから自分の考えと違うことを言われるとカチンとすることがある。

あとでふり返って「なるほどそういう考えもあるのか」と思うと、またそこから自分自身の成長が生まれてくるような気がする。素直な心。それがなければ、人の話に耳を傾けることはそう簡単ではない。

あらためて考えさせられた。「素直な気持ち」
松下幸之助の言葉に「素直になるためにはまず素直になりたいと強く願うこと。そうすると30年もすると素直の初段になる。そしてあと30年すると2段になる。そして5段にまでなったら神様」なのだと。

自分の本心を聴くということ。本心と対峙するには素直になることが必要なようだ。