新しい決意

決意

光が見える…
新しい決意といっても、別に会社を辞めるとか、海外に生活拠点をつくるとか、そうした大胆なものではありません。何かを本気でやろうと決めた時には、いつも最初は勢いがあるのですが、なかなか継続しない。つまりは、簡単に言えば「三日坊主」になってしまうことが多いんですよね。

先週土曜日に、あるセミナーに参加したのですが、そこで参加された受講者の、あまりのストイックな学ぶ姿勢に、ひいてしまいました。と同時にショックを受けました。人というのは、ここまでやれるのか。まさに今日あるいは、おそらくこれまでも「インプットしたこと」は一滴たりとも無駄にしない。そんな姿勢が感じられます。

そして彼らは毎日の生活に溶け込むように、習慣化をしているのだ。私もたいていのことはやってますが、これまでそうした行動は、「修行」だと思っていました。つまりそれは「苦業」だと。でも、その方たちをお会いして考えが変わりました。失礼な言い方かも知れませんが、本当に馬鹿みたい根っから好きなんです。自分を虐めるのが好きなのか、それともそうした行動自体が好きなのか、とにかく徹底的にやる。それは苦業僧(修行僧)がやるのは違って、楽しくやっている。恐らく楽しいから長続きするのではないか?そう感じた次第です。気づいたのは、「根気」というのは「根性」ではない。本当に楽しんでいるんだ。その方たちが話す体験談には苦しさが感じられない。むしろ普通なんです。そこが私とは全然違う。

考えてみたら私も、そんな時代があったかも知れません。これをチクセント・ミハイの言うところの「フロー状態」というのかもわかりません。自分を「フロー状態」に置くということなのではないか?人は、他人から見たらまるで「修行」のようにみえることが、実は彼にとっては、それが、どっぷり浸って、物凄く真剣で、しかも集中している。そして、それを繰り返すことに無駄がない。ちょうどプロの素振りのようなものです。素振りは筋トレではない。常にバッターボックスに立っているのをイメージしながら振るらしい。そうすることで無駄のない動きとなり血となり肉となる。そうした感覚に陥ることそれが「フロー状態」なのだ。

甘い自分に気づくには、他人を観察すること。こうして、外に触れることで刺激をもらう。できる人を観察するとわかることがある。気付かされることも多い。単に自分だけの学びではなくて、他人からも刺激を受けそして成長するのかも知れません。私もまだまだ修行が足りない、いや、「フロー状態」に至っていない。ストイックにやりたいことをやろうと、決意した次第。まだ初日ではありますが、持続して愉しみたいと思います。

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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