2度目の鑑賞「検察側の罪人」で気づいたこと。それは、理不尽な行為にどう立ち向かうべきかということだ!

検察側の罪人

<ネタバレ注意><ネタバレ注意><ネタバレ注意>

人は「理不尽」という事象に対して、どのように対処すべきなのだろうか?
理不尽に応じるには、やはり理不尽で対応するしかないのだろうか?
正攻法では通用しないのではないだろうか。
目には目を。果たし無い争いの繰り返し。個人のレベルがそうであれば、集団も同じであろう。

心優しい人は、「理不尽」に対して、
「自殺」を持ってして。世間に知らしめるやり方もあろう。
それは、ひょっとすると、「泣き寝入り」になりかねない。悔しさが募ると思う。

そんな「理不尽」な相手には、
どんな手段を使っても、服役させてやりたいという気持ち。
そのためには捏造だって、殺人だって、何だってやる。
(その殺人に関しては、自身が納得する感覚。つまり「殺されて当然」と思う感覚です)キムタクの演じた検事の最上毅はそうした人物だ)

ただし実際には、本作品のように闇の世界を仕切る組織にお願いすると言った
「打ち出の小槌」というのはが存在しないかも知れない。

果たして「正義」とは一体何なのだろうか。
正義であれば、何でも正しいのかどうか。

明らかに罪を犯しているにも関わらず、証拠がない。
時効になってしまった事件。
でも、明らかに犯人だと判っていても裁けない。
そうした人物に対して、鉄槌を下したいという気持ち、
そんな気持ちが殺された身内や知人なら、当然だろう。
冤罪でも何でもいい。
憎む相手に服役?いや苦役を与えたいという気持ち。
それが非常に理解できる、共感できる。

しかし冷静沈着な判断が課せられる司法の仕事。
それでも人の感情というのは抑えられないのだ。

その一方で、正義を貫けば、
結果として、
社会に野放しにしてはならない人物を
助けることにも繋がるかも知れない。
二宮や演じた新米検事の沖野啓一郎はそうした人物だ。

真実は事実を超えるべきか。司法が罰せないなら…。
そんな気持ちがわからなくも無い。

この世には理不尽なことがいっぱいある。
「ウ号作戦」インパール作戦。「白骨街道」

「正しい」ということは一体どういったことなんだろうか。
「正しい」と信じた道が「白骨街道」だったとしら…。
そもそも「聖戦」などというものは存在しないのかも知れません。世界の警察と自負している国自身も自国の繁栄しか考えていないような発言もありますし。

機内で本作品を見る機会に恵まれました。何事も無駄はないのだ。(笑)

投稿者プロフィール

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天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。東京都市大学特任教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」著者に「IEC 61850を適用した電力ネットワーク- スマートグリッドを支える変電所自動化システム -」がある.ブログは映画感想を中心に書いている。
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