核兵器のない時代ではなく,戦争そのものがない時代を「祈り 幻に長崎を想う刻(とき)」

祈り

オススメ度:★★★☆☆(3.0)
理由:戯曲で有名な作品だそうです.
年に一度,8月は忘れてはいけない
終戦の月.それに相応しい.毎年
それにまつわる作品を映画館で
必ず観るようにしている.目を
背けたくなるシーンも若干あるが,
それでもそれが現実なのだから
直視する必要がある.
少なくとも年に一度ぐらいは
この「平和」について
考える時間を持ちたいものだ.
宗教臭くもあまり感じない.
人間関係が希薄な描き方ではあるも,
説教染みてなく,
作品で描かれているように,
そんな感じで人々は
暮らしていたように思える.

本作は長崎に原爆が落とされ
終戦を迎えてから12年経た
昭和32年が舞台.
闇市の「みかじめ料」をむさぼる
ヤクザ.クズのような政治家,
警察.様々の人たち.
一概にどれが善でどれが悪と,
分けられない複雑さ.
売春にヒロポン…
何でもありの時代だったのだろう.

原爆投下により廃墟と
化した浦上天主堂.
ケロイド状のマリア像の首.
戦争・被爆体験の記憶を消したい人,
逆にその思いを受け継いで
記憶を風化させまいとする人.
様々な考え方がある.

昼間は看護婦,
夜は娼婦を演じる高島礼子.
原爆投下の年に受けた
積年の恨みを持つ女性を
黒谷友香が演じる.

「原爆投下が戦争終結を早めた」
米国では言われているが,
それが,
イタリアやドイツでも試したか?
そこには人種差別があったのでは
ないか?という一節も
劇中に織り込まれており
一層考えさせられる.

原作は田中千禾夫(著)戯曲
「マリアの首 -幻に長崎を想う曲-」
舞台の映画化といえば,
昨年観た宮沢りえと原田芳雄共演の
井上ひさし「父と暮せば」
これはまさに,
映画館に居ながらにして,
まるで舞台を観ているような錯覚.
それと比べてしまうと,
どうしても若干見劣りがするが,
それよりも本作の史実が興味深い.

あの被爆したマリアの首が
信者はじめ大学の先生等に
大切に保管されたことで,
結局後に浦上天主堂に
返還されたこと.そういう事実を
テロップでエンドロールと
共に流れるともっと良かった.

江戸末期から
明治の初頭まで続いた
隠れキリシタンへの弾圧.
広島の原爆ドームのように
被爆を受けた施設である
旧浦上天主堂は
なぜ残せなかったのか.
そこには本作で描かれて
いるようなキリシタンへの
差別があったことも
大きな要因に違いない.

知らずに過ぎてしまう
歴史上の事件を
認識できる点で
その意味は大きい.
映画の内容よりも大きい.

歌舞伎や舞台は
観る階層が限られるが,
映画作品であれば,
より身近にだれもが
気軽に観ることができる.

劇中の
「核兵器をなくすよりも
戦争そのものをなくす」
という言葉は重い.

戦争があることを前提の上での
兵器ではない.
戦争そのものが罪なのだ.
確かに話せばわかる人たち
ではない現実もあって
何とかならないものかと
考えさせられるが,それでも
言いたい気持ち.とても
共感を受ける.

柄本明,寺田農,田辺誠一の
脇役が特に素晴らしい演技で
見応えがあった.

「人間の価値は,
今まで何をしたかではない
これから何をするかだ」

投稿者プロフィール

天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」著者に「IEC 61850を適用した電力ネットワーク- スマートグリッドを支える変電所自動化システム -」がある.ブログは映画感想を中心に書いている。
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