言語とは”音”なんだ「ドライブ・マイ・カー」

ドライブ・マイ・カー

オススメ度:★★★★☆(4.4)
理由:だいたい村上春樹原作の映画化は
これまでもハズレが多い.
今回もおそらくそうだろう…と思いつつ鑑賞.
その期待を見事に裏切られ,
こんな解釈もあるんだ!と感動モノでした.
本作の中で舞台も見られ,映画も見られ,
なにかもが,凄く徳(得)をした感覚.
これは凄い.村上春樹の世界が
可視化されている見事な作品でした.

この衝撃は2018年「バーニング」以来.
バーニングもそうだったが,黙して語らず.
でも伝わる.まさにノンバーバル言語.
舞台俳優にとっては,
まさに演ずることが命なんだ.

村上春樹の映画化は冒頭にも書いたが
ハズレが多く,余り期待していなかった.
樺沢紫苑先生の好評価もあり鑑賞.
久し振りに心に激震が走った作品だ.
やられた.これは世界も共感する筈だ.

あの喪失感.心の問題.
精神のどこかで繋がっている感覚.
失望の中に希望が残る,なんとも言えない
悶々とした感覚.これぞ村上春樹の感覚だ.
研ぎ澄まされていて堪らない.

一見原作から離れたかように見えて
実は芯のところは
外れていないというこの脚本.

舞台俳優で演出家の家福悠介を
西島秀俊が演じる.
その妻で脚本家の音を
霧島れいかが演じている.
予告編では
謎めいて他界したシーンが
流れていた.

あの喪失感と後悔.
自分と対峙できなかった
ことへの後悔.
自分から逃げて,
見たくないものに蓋をしたこと.
今を壊したくないから
嫌なことから目を背ける・避ける.
とても共感する.
自分の弱いところに
素直に向き合える瞬間が訪れる.

作品上では
舞台俳優の練習が
繰り広げられる.
台本の本読みとは,
そこまでストイックに
読みこなさなければ
山を越えることができないのか.

棒読みもワザとやるのは難しい.

役者魂とは,そこまで
読み込むことが必要なのか.
それを見ると
プロの厳しさが感じられ,
いかに自分が甘いかも
気付かされる.

西島秀俊は完全に
家福になりきっている.

家福の「多言語演劇」には
韓国語,中国語(台湾),英語,
日本語….それに韓国手話.
本読みとはまさに相手との
呼吸.対峙する相手の間,
声をいかに聞き取るか.
凝りすぎで感動した.

手話でさえ,”音”であり”間”でもある.
無音でありながら,感情が揺さぶられる.
無表情の手話と感情を込めた手話.
表現とは無限大とうことを
思い知らされる.

意味を相手に伝えるのは,
言語とか手話とか関係なく
“音”をどう感じるかという感性なのだ.
感情を込めずに無表情で読み込む.
その読み込みの深さに
まさに「序・破・離」なのだと.

作品への思い込みというか,
作り込みが半端なく徹底してる.

そんな舞台役者とは別に
あの家福の専属女性ドライバー.
家福の愛車サーブを運転する
寡黙なドライバーの
みさきを演じる三浦透子.
これも凄い.

家福とみさきの徐々に
向き合う姿を描くには,
あれぐらいの長い時間が
必要なのだろう.
一見とっつきにくい人同士が
自己開示すれば,こんなにも
近づくことができるのか.
とにかく二人の演技も半端ない.

そしてもうひとつは映像.
特に鏡だ.
あの映像で映し出させる
鏡越しのシーンは
まさに春樹の世界だ.

序盤,何不自由のない
満ち足りた生活の幸せな
二人とばかり思っていたが,
実は闇も深いという…
村上春樹さが溢れる作品だ.

虚しい.切ない,空虚の世界.
それは仮面なのかと思えば,
実はそうでもない.
幸せとは
幸福とは一体何か.
素直さなのか.
それとも現状を必至に
嘘で固めて守ることなのか.

家福が描いているのは,
ロシア作家アントン・チェーホフの
四大戯曲のひとつ
『ワーニャ伯父さん』だ.

老いた大学教授が
自分の田舎の土地を
売りに出したいという.
一方,ワーニャは土地に執着があり,
おそらく命の次に大事なものだ.
だからその提案には猛反対であるが,
彼にはどうしようもないし
決定権もない.絶望の淵にいるワーニャ.
そんな伯父を姪のソーニャは
失恋の痛手で自身の痛みに耐えながらも
逆に伯父を慰めるというストーリー.
人生というのは辛抱・我慢・忍耐なのだ.

絶望から忍耐が生まれ.
それを育むと,
やがて忍耐は希望へと変わる.

家福も娘を亡くした.
家福と音夫婦と重なる.
本当に絶妙の脚本だ.

タダでさえ,
自分と向き合うことから
避けているのだから,
他の人ことを思い遣ることなど
できるはずがない.
いかに自身も含めて
「そのまま」目をつむることなく,
受け容れることができるか.

自ら考える力
読み解く力を
与えてくれる
村上春樹の世界への誘い.

これは面白い.
いや重くのしかかった
共感が半端ない.
まるで心が静かに踊る
という表現がいいのかも
わからない.
あの焦燥感,い
や妻を失った喪失なのか,
あの時,対峙しなかった後悔….
エンドロールまでの
30分間は釘付けになった.

人の心臓は
いつ何時止まるは
計り知れない.

あの時,彼女は
何を僕に言いたかったのか.
後悔はとても深く碧いのだ.

それでも
生きていさえいれば…それでいい.

投稿者プロフィール

天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」著者に「IEC 61850を適用した電力ネットワーク- スマートグリッドを支える変電所自動化システム -」がある.ブログは映画感想を中心に書いている。
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