「おとなの事情」(Perfetti sconosciuti)観ました

おとなの事情2016年のイタリアのコメディ映画です。
とても映画と本好きの知人から紹介された映画です。先月見た「いつだってやめられる10人の怒れる教授たち」もイタリア映画だった。
イタリア映画は、初めは軽いお笑いを誘っておいてから、中盤以降に突然のようにまるで、青天の霹靂のようにどんどん重くなっていく。
そういうパターンなのかな?と思ってしまう。
やっぱり秘密や嘘は、それぞれが胸の内に持ち続けた方がいい。それが平和。「誰もが望んでいない結果に陥るだけだ」と言うことかも知れない。
そうすると今我々が目にしている人間関係とは、それぞれが嘘を秘めて成り立っている、そして真実は映画の鑑賞者、お天道さま(お日様)だけは知っているということかも知れません。

作品は、月食の夜のホームパーティからはじまる。仲の良い友人やその夫婦 7人の男女が集まった。最初は他愛のない会話だったが、会話が盛り上がり、とんでもない提案がなされた。
「お互い友人同士、秘密のない証として…」と、スマートフォンの通話やメールの履歴をお互いにさらけ出すそうという、恐ろしいゲームが始まったのだ。
まさにスマホはプライベート満載のブラックボックスである。

当然そのパンドラの箱を開くとそこには、夫婦間、友人間、さまざまな疑惑が巻き起こっていく。

痛快なコメディ。思わず苦笑してしまう。

どんな仲のいい友達同士も、夫婦も、誰もが大なり小なり秘密があって、だから壊れやすい。とても恐ろしいゲームである。
偏見、男女関係…。

スマホは全てを知っている。余計なことまで知っている。
だから遊びに使ってはいけない。

そんなコメディ映画ではあるが、
その中で特に思春期の娘を持つ父親のロッコ、彼の考えに共感した。
自らカウンセリングを受けるロッコ。その理由がいい。

時間の無駄でもやれることはやりたいから。
そしてその評価は自分ではなく、他人がする。
カウンセリングでは避けることを学んだ。
譲るのは弱さではなない。むしろ賢明な判断であるということだと。

それと一番刺さったのは娘との会話。
娘の彼が両親が居ないからと泊まって欲しいと娘を誘う。その時ロッコは語るのだ。

「一生忘れることのない大切な瞬間になる」
「将来振り返ったとき笑顔になれるとおもったら行っておいで」
「だが確信がないならやめなさい」

胸が痛くなった。

嘘や秘め事が多い中、父娘の人間関係がとても新鮮に見えた。
それがパンドラの箱を開けてしまった最後に残った「希望」のように私には映ったのだ。

投稿者プロフィール

天雨 徹
天雨 徹
人財育成、技術系社員研修の専門家。名古屋工業大学客員准教授。博士(工学)。修士(経済学)。専門は「電力システムネットワーク論」
ブログでは日々の気づきを中心に書いている。
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